釣行日 場所

2002年7月5日 千代川

天子山人さんの竈(カマド)

 

天子山人さんが渓流で竈を組まれるのは、何も春先に暖をとるためばかりではない。うっすら汗ばむ7月の渓流でも焚き火を囲まれる。もうこれは「焚き火道」と言うしかない技の極みである。

同じ焚き火跡でも、乱雑なのや下品なのや気まぐれなのや、その人の品性やら人柄が出てくるものなのである。焚き火は心静かにやさしく手を入れながら、山の木がきれいに白く灰になるまで燃やし尽くさねばならない。山の浄火なのである。

さて、一口に「竈を組む」と言ってもいろいろ段取りがある。まずは場所の選定である。出来れば渓流を目の前にし、周りには焚き火にする木の枝がたんと落ちているところが良い。借景として傍に大きなトチやブナの木があればなお良い。

次は火口の方向を決める。これは風の向きによって風上にとる。勿論、煙を避けるためであるが、時には虫除けにあえて風下に誂える裏技もある。

石を組む。このとき山人さんは一番嬉しそうである。私が「山人さんは姫路城の石垣でも組めそうですな」と言うと、笑って「そうですな」と否定されなかった。

焚き木拾いもまた楽しいものである。適当な長さに折って脇に揃えておく。

着火の時は、各自思い思いのマントラ(祈りの言葉)を捧げられるのがよい。

今回、ふと気づいたのだが、山人さんが齢八十を越えてなお矍鑠(かくしゃく)とお元気なのは、若い頃からの山釣りの健脚ぶりと、もう一つ、毎回この焚き火の煙に燻されているからではないかと思った。お体全体が燻製状態で黴菌が寄り付かないのである。

この日、游魚人さんがアマゴと岩魚を二匹釣った。山人さんは大きな岩魚を逃がした。魚を竈で焼いて、魚人さんが岩魚を食い、山人さんと私がアマゴを半身ずつ分けた。

私はまだ1匹も毛鉤でかけていない。


写真説明
中央の竈の傍にお湯を沸かす火口がある。
山人さんに見せて頂いた昔の「ツチノコ手配書」。絵も字も山本素石。

取材:京都北山テンカラ会  田中 佳憲

 

 

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